最近のモヤモヤ・・いい人って何だ?!?!
趣味も飲み会もオンライン💻やっぱりちょっと寂しいなあ・・😢
こんにちは♪
早いもので2021年も2月に突入しました。豆まきの季節ですね~👹
今年こそコロナウイルスという鬼を撃退したいものですが、そんな願いとは裏腹に収束の兆しが一向に見えないのがなんともやるせない><
ワクチン接種が広がれば多少は不安も和らぐのでしょうか・・
さて、私は歌うこととフラ(ハワイの伝統舞踊)が趣味なのですが、このご時世カラオケも20時までで仕事終わりに一歌いというわけにもいきませんし(私の職場は人は良いのですが勤務体制にはかなり無理があり20時前にあがれることはほぼありません・・)、通っているフラ教室も臨時休校ということで、毎日PCに向き合うだけの日々です。今は飲み会も自粛ムードで圧倒的なコミュニケーション不足&運動不足に陥りがちです😢
それでも私は幸運な方で、毎日雑談できる家族や婚約者がいますし、仕事や趣味仲間とオンライン会議・飲み会を通じて近況を話し合ったりふざけ合ったりできる場を持てています。もっと孤独を感じて自殺にまで追い込まれてしまう人がいることを考えれば贅沢な悩みかもしれません。
ただ、それでもやはり・・オンラインで完結できるコミュニケーションってまだ実感を以て十分とは言えないんですよね💦
例えばオンライン会議や飲み会などで雑談しようとすると、「被せて喋る」とただの雑音になってしまうので一人ひとり順番に喋る必要があり、誰も喋りだそうとしている人がいないか常に気を配りながら、いつの間にかスピーチのようになってしまっています。リアルで喋っているようなテンポは中々実現できませんよね。
趣味で通っているフラ教室でもオンラインレッスンに向けた準備が始まっているのですが、等身大サイズのスクリーンがあるわけでは勿論ないので、画面越しに踊りを習わなきゃいけないのですが、これは指導する方も見よう見真似で実践する方も大変・・!おまけに私の場合は視力が低いので、普段はかけなくても済んでいる眼鏡をかけないとオンラインレッスンは厳しそうです。。(コンタクトは眼球の裏にいったりうっかり取りはずすのを忘れて寝てしまいそうなのが怖くていまだつけたことがないです)
他の受講者の様子も画面越しにしか見えないので、息遣いで踊りを合わせることもできず、互いの踊りを見て冗談やコメントを言い合うことも中々できません・・
VRの開発とかが進めばまるでリアル空間にいるようなコミュニケーションが可能になるのかもしれないですが、それは技術の進歩が進んで実際に使ってみないと分かりません。でも当面は一般人の暮らしに当たり前のようには入ってこないと思います。
やはりその場の空気を共有し、テンポの良いコミュニケーションや掛け合い、息遣いの合った踊りをできる日が楽しみです😊
人間の感性ってバカにできません。これは芸術・文化の分野だけでなく日々のやり取りでもそうです。発される言葉そのものだけでなく表情や雰囲気、身にまとっているオーラ全てを含めて「コミュニケーション」は成り立つのだと思います。オンラインでも表面上は成り立つかもしれませんが、やはり消化不良というか、ストレスは多少ありますよね。。疲れてしまう面は否めません。
オンラインで一時凌ぎはできても、やはり学業でも仕事でもプライベートでも、学びがあったり有意義だったと心から満足できるコミュニケーションはリアルには勝てないなあと思う日々です。でも趣味は続けたいので、暫くはオンラインでフラを学びつつ、歌の方も全然カラオケ行けてないのでボイトレでも始めてみようかしらと思う今日この頃です🎤(ボイトレもオンラインレッスンとかあるみたいなのですが、これも指導を受ける側からしたら生の音声でコメントをもらいたいところです・・絶対ビブラートとか音のバイブってPC越しじゃ伝わらなさそう😲)
とにもかくにも、鬼は~外!!!!
ポストコロナ時代における学びの形③~大学のデジタライゼーションを通じた主体性の向上~
こんばんは~、今週末はロシア並に極寒ですね⛄
ここ1年半くらい風邪を引いてないので、お昼を食べ損ねるくらい忙殺される日がありながらもこのまま免疫力を保ってなんとか元気にいきたいところです( ´ ▽ ` )ノ
さて、「ポストコロナ時代における学びの形」というタイトルでのシリーズ投稿も今回で一旦区切りたいと思っています。先週に続く話とはいえ唐突ですが、文部科学省が始めているこの取組をご存知でしょうか。
Scheem-D | 大学教育のデジタライゼーション・イニシアティブ (mext.go.jp)
Student Centered Higher Education EcosysteM through Digitalization(略称Scheem-D、スチームじゃなくてスキームです笑)、つまりデジタル技術を用いた学修者本位の高等教育エコシステム構築を模索する事業です。
この事業のサブタイトルに「求む。大学教育のDXに挑むイノベーター」とあるように、単なる個々の授業のブラッシュアップのための補助金でなく、「世界で一番勉強しない日本人大学生」と揶揄されるほど入口重視の日本型大学教育の風土変革にチャレンジする個人・団体のマッチングのためのピッチイベントなのです。
国が持つ価値創造の手段には主に3つ、法律・税制・予算がありますが、このうち最も機動的に政策実現を図る手段は、毎年策定される予算でしょう。その予算を使って、教育分野であれば特定の優れた取組事例をモデル事業として、全国展開を視野に入れた研究・発展のために補助金をつけることも多いかと思います。
ただ、お金をつけるだけで取組の促進は外部任せ、では間に合わない、スピード感ある対応が求められる際、国はよりコミットメントを強めようとするのではないでしょうか。そう、今回のコロナウイルス感染拡大で大学のキャンパス閉鎖と遠隔授業実施が急速に広まり、早急にオンライン授業への対応を始めとするデジタル技術の活用力が求められている今だからこそ、国はある意味「これまでらしくない」画期的な取組に踏み切るのだと思います。
話は少しずれましたが、とにかく大学の授業の質向上にこれまでとない注目・期待がかかっている現在、授業改善の取組は待ったなし、上記文科省の取組にもあるようにアイデアを適宜持ち寄って、課外活動を満喫して漫然と学位をとるだけの大学生活(人生の夏休み)に変革を起こす必要があります。
授業授業というと、今後の大学生は受験が終わっても勉強し続けるストレスから逃れられず辛いだけじゃないか!今までは遊んで楽に就職もできていたのに不公平だ!と思う学生もいるかもしれません。でもその考えは短絡的ではないでしょうか。
そもそも一見辛口なことを言えば、「勉強することが辛い、大変」と思うこと自体が間違っている、というよりまだ学問の追求をする場である大学というフィールドに立てていない証拠だとも言えます。
たしかに、大学受験までの勉強はインプット量の方が圧倒的に多く、主体的に学ぼうにも一定の身に着けるべき知識、こなすべきカリキュラムが存在しており、限界があります。ある程度の型も何もない状態から世の中にインパクトある価値創造はできませんので、それは仕方のない部分もあります。(そのカリキュラム自体、もっと柔軟に、個別最適化できないものかという論点もあるかと思いますが、それは初等中等教育段階の話になってしまうので今回は一先ず置いておきます)
しかし、大学受験をクリアした後は、どのような勉強をしようが(最初に選んだ学部の勉強が合わないと感じたら学部転換や編入学だってできるのです)、それをどのような道に役立てようが自由なのです。そしてある程度勉強を積み重ねた人なら分かるように、「新しく知ること、分かるようになること」は面白い経験であるはずなのです。
その面白みを味わえるようになるフェーズは受験後すぐには待っていないかもしれません。でもその境地を追求し、深めていく主体性が大学生には期待されており、その主体性を以て初めて大学というフィールドに立つべきなのです。
ということで、大学は義務教育ではないのだから勉強したくない人はしなければいい。授業に集中するのが嫌ならそもそも大学なんて来なければいい。それは一見正論かもしれませんが、あくまで建前上の説教に過ぎません。
実際は、そうやって大学生は自主性という大義名分の下、これまでも創意工夫が十分なされているとは言えない単調な授業をただ提供され、「学問の追求」に面白みを感じられないからこそ、他の活動に走っていたという側面もあります。それが大部の傾向でしたし、それでなんとかなるのがこれまでの大学生でした。(私もその一人です笑)
ただ前回からも言ってるように、それでなんとかならなくなってる今、大学教育改革への期待は年々高まるばかりです。
主体性は予め持っているものとして放任されてきた大学生達に比べれば、新型コロナウイルス感染拡大を機に強まる、大学生の本分・授業の質改善への圧力は学生自身の主体性の育成・向上にも直結する、とてもラッキーな追い風と言えるのではないでしょうか。そう考えれば、相対的に授業の負荷が過去より重くなったとしても、それは決して嘆くべきことではありません。より実り多い授業を上手く活用し、益々パワーアップした大学生活を謳歌すれば良いのです。(学生から、「こういう授業をしてほしい」という声を上げるのも重要な授業改善に繋がるかもしれません)
そして課外活動においても、コロナ禍でどのように活動を継続するか、部活・サークルといった団体を維持するか、これまでの先輩達から受動的に受け継いできたマニュアルやメニューから離れ、全く新しい工夫が求められています。
ビデオ会議システムを使って遠隔でも一緒に練習を行う、メンバーの理解を得ながら対面での練習方法を工夫する、オンラインでの活動発表企画やメンバー間の絆を深めるためのSNSを通じた発信等、考えられることは多くあるでしょう。課外活動でもまた、主体性を育む機会は増えているのです。
この追い風を上手く受けて、ネガティブなニュースが絶えない中でも前向きに、力強く社会に羽ばたく力を養ってほしいと心から願います。
「誰でも努力すれば何にでもなれる」がそう嘘にも聞こえない現代に生きられているのですから、学問もその他の活動も、ワクワクを大事に主体性を以て深めていくことが、大学生の役目であり悦びであると信じています。
ではでは、次回は話題を変えて何か書ければと🖋
おやすみなさい💤
ポストコロナ時代における学びの形③~大学のデジタライゼーションを通じた主体性の向上~
こんばんは~、今週末はロシア並に極寒ですね⛄
ここ1年半くらい風邪を引いてないので、お昼を食べ損ねるくらい忙殺される日がありながらもこのまま免疫力を保ってなんとか元気にいきたいところです( ´ ▽ ` )ノ
さて、「ポストコロナ時代における学びの形」というタイトルでのシリーズ投稿も今回で一旦区切りたいと思っています。先週に続く話とはいえ唐突ですが、文部科学省が始めているこの取組をご存知でしょうか。
Scheem-D | 大学教育のデジタライゼーション・イニシアティブ (mext.go.jp)
Student Centered Higher Education EcosysteM through Digitalization(略称Scheem-D、スチームじゃなくてスキームです笑)、つまりデジタル技術を用いた学修者本位の高等教育エコシステム構築を模索する事業です。
この事業のサブタイトルに「求む。大学教育のDXに挑むイノベーター」とあるように、単なる個々の授業のブラッシュアップのための補助金でなく、「世界で一番勉強しない日本人大学生」と揶揄されるほど入口重視の日本型大学教育の風土変革にチャレンジする個人・団体のマッチングのためのピッチイベントなのです。
国が持つ価値創造の手段には主に3つ、法律・税制・予算がありますが、このうち最も機動的に政策実現を図る手段は、毎年策定される予算でしょう。その予算を使って、教育分野であれば特定の優れた取組事例をモデル事業として、全国展開を視野に入れた研究・発展のために補助金をつけることも多いかと思います。
ただ、お金をつけるだけで取組の促進は外部任せ、では間に合わない、スピード感ある対応が求められる際、国はよりコミットメントを強めようとするのではないでしょうか。そう、今回のコロナウイルス感染拡大で大学のキャンパス閉鎖と遠隔授業実施が急速に広まり、早急にオンライン授業への対応を始めとするデジタル技術の活用力が求められている今だからこそ、国はある意味「これまでらしくない」画期的な取組に踏み切るのだと思います。
話は少しずれましたが、とにかく大学の授業の質向上にこれまでとない注目・期待がかかっている現在、授業改善の取組は待ったなし、上記文科省の取組にもあるようにアイデアを適宜持ち寄って、課外活動を満喫して漫然と学位をとるだけの大学生活(人生の夏休み)に変革を起こす必要があります。
授業授業というと、今後の大学生は受験が終わっても勉強し続けるストレスから逃れられず辛いだけじゃないか!今までは遊んで楽に就職もできていたのに不公平だ!と思う学生もいるかもしれません。でもその考えは短絡的ではないでしょうか。
そもそも一見辛口なことを言えば、「勉強することが辛い、大変」と思うこと自体が間違っている、というよりまだ学問の追求をする場である大学というフィールドに立てていない証拠だとも言えます。
たしかに、大学受験までの勉強はインプット量の方が圧倒的に多く、主体的に学ぼうにも一定の身に着けるべき知識、こなすべきカリキュラムが存在しており、限界があります。ある程度の型も何もない状態から世の中にインパクトある価値創造はできませんので、それは仕方のない部分もあります。(そのカリキュラム自体、もっと柔軟に、個別最適化できないものかという論点もあるかと思いますが、それは初等中等教育段階の話になってしまうので今回は一先ず置いておきます)
しかし、大学受験をクリアした後は、どのような勉強をしようが(最初に選んだ学部の勉強が合わないと感じたら学部転換や編入学だってできるのです)、それをどのような道に役立てようが自由なのです。そしてある程度勉強を積み重ねた人なら分かるように、「新しく知ること、分かるようになること」は面白い経験であるはずなのです。
その面白みを味わえるようになるフェーズは受験後すぐには待っていないかもしれません。でもその境地を追求し、深めていく主体性が大学生には期待されており、その主体性を以て初めて大学というフィールドに立つべきなのです。
ということで、大学は義務教育ではないのだから勉強したくない人はしなければいい。授業に集中するのが嫌ならそもそも大学なんて来なければいい。それは一見正論かもしれませんが、あくまで建前上の説教に過ぎません。
実際は、そうやって大学生は自主性という大義名分の下、これまでも創意工夫が十分なされているとは言えない単調な授業をただ提供され、「学問の追求」に面白みを感じられないからこそ、他の活動に走っていたという側面もあります。それが大部の傾向でしたし、それでなんとかなるのがこれまでの大学生でした。(私もその一人です笑)
ただ前回からも言ってるように、それでなんとかならなくなってる今、大学教育改革への期待は年々高まるばかりです。
主体性は予め持っているものとして放任されてきた大学生達に比べれば、新型コロナウイルスを機に強まる、大学生の本分・授業の質改善への圧力は学生自身の主体性の育成・向上にも直結する、とてもラッキーな追い風と言えるのではないでしょうか。そう考えれば、相対的に授業の負荷が過去より重くなったとしても、それは決して嘆くべきことではありません。より実り多い授業を上手く活用し、益々パワーアップした大学生活を謳歌すれば良いのです。(学生から、「こういう授業をしてほしい」という声を上げるのも重要な授業改善に繋がるかもしれません)
そして課外活動においても、コロナ禍でどのように活動を継続するか、部活・サークルといった団体を維持するか、これまでの先輩達から受動的に受け継いできたマニュアルやメニューから離れ、全く新しい工夫が求められています。
ビデオ会議システムを使って遠隔でも一緒に練習を行う、メンバーの理解を得ながら対面での練習方法を工夫する、オンラインでの活動発表企画やメンバー間の絆を深めるためのSNSを通じた発信等、考えられることは多くあるでしょう。課外活動でもまた、主体性を育む機会は増えているのです。
この追い風を上手く受けて、ネガティブなニュースが絶えない中でも前向きに、力強く社会に羽ばたく力を養ってほしいと心から願います。
「誰でも努力すれば何にでもなれる」がそう嘘にも聞こえない現代に生きられているのですから、学問もその他の活動も、ワクワクを大事に主体性を以て深めていくことが、大学生の役目であり悦びであると信じています。
ではでは、次回は話題を変えて何か書ければと🖋
おやすみなさい💤
ポストコロナ時代における学びの形②〜「学生の本分」である授業の質向上〜
東京に緊急事態宣言が発令されてから早1週間強が経ちました。大抵の飲食店は20時までに閉まってしまうものの、他の業種は感染対策を講じながら通常運転しているところも多く、夕食をとる時間だけ気をつけながらあまり変わらない日常を過ごしております😃
さて、ポストコロナ時代に向けて大学における学びの形への変容圧力がかかっていることは先週書きました🖊
今日は具体的にどう変わっていくべきなのか、もう少し掘り下げて考えてみたいと思います。
終身雇用が当たり前だったこれまでは、企業に入ってから必要なスキルは身に着けさせるという前提の下、大学生に期待されるのは主にコミュニケーション能力でした。これは授業外で養われる部分も大きく、学位さえとれれば授業の質は顧みなかったのも無理ありません。むしろレジュメを配ってテストやレポート1回だけ、あるいは出席点重視であとは簡単な小テストなど楽に単位を取れる方が「就活エピソード」としても使いやすい他の活動で忙しい学生達にとっては有難かった側面もあるわけです。
しかし、いまや世界を牽引するグローバル企業はジョブ型雇用重視の傾向が強いというのは知られているところです。日本のポテンシャル採用は仕事内容と本人の志向のミスマッチというリスクを排除しきれませんし、企業にとっても社内研修で育成していく終身雇用を前提としており、少なくとも大体10年くらいは勤めあげないとペイしないリスクをはらむシステムです。世界中で産業競争力が強化され、技術進歩・産業構造の変化が激しい現代、悠長に構えてる余裕など企業にはなく、実践的スキルを有し即戦力となる人材を求め、ジョブ型雇用への注目が高まるのも仕方ありません。
そのような中、大学生に今後問われるのは、抽象的、かつ採用担当者との相性にも依存しやすいコミュニケーション能力というよりは、「どのような目的意識を持って、どのようなスキルを身に着けてきたか」より具体的なビジョンや実績になってくるでしょう。
もっとも、今でも「ガクチカ(学生時代に力を入れてきたこと)」は就活における王道質問ではありますが、その回答を通じてアピールすべき力がコミュニケーション力や計画性、継続力といった抽象的なものでなくより具体的な、業務に直結する知識・スキルへとシフトしているということです。
となると、大学生が身に着けるべき具体的スキルの獲得方法として、学生の本分である授業はメイン候補になります。専攻を決めてそれに関する知見を深めるために学費を払って通っているのですから、それが人生における大事な選択である就活での有利不利に関わるとなれば、授業に求めるものが多くなるのは必然でしょう。大教室でレジュメを配って受動的にただ教授の講義を聞くのではとても物足りず、授業の質向上は避けられない課題となってきます。
かといって、少人数のゼミを毎授業設けることは人件費的にもとても無理でしょうし、大学における教授というのは本来研究者であって生粋の教育者ではないため、各授業における教育効果の追求を課すにも知見の限界があります。
そこで現状のリソースでもあまり無理なく考えられるのは、授業の効率化と学びの密度向上です。前者については、毎年同じような内容を繰り返している講義をビデオコンテンツ化するなどしてオンデマンド形式でいつでも受講できるようにすることで効率的な学習を可能にするといったことです(こうすることで遅延や他の活動とのバッティングによる受講しそびれも防げるでしょう)。
後者については、もう少し各授業の特色を踏まえる必要はありますが、上記方策で余裕ができた時間を活用して週に一度の個別or少人数指導を実施する、オフィスアワーの対応を拡充するなど、講義を通じたインプットに留まらない学びの深化を図ることが考えられます。
このような授業の質向上の模索と切っても切り離せないのが、LMSの活用を始めとした、大学におけるデジタライゼーションです。聞くところでは、LMSで学生の学習状況把握や教育データ(成績や教材閲覧頻度、時間等)蓄積・分析を行い、授業改善に努めている大学もあるとか。
新型コロナウイルスへの対応は、大学側の準備が整っていない段階での予想外の出来事ではありますが、ウイルス感染拡大に伴うキャンパス閉鎖は、授業のオンライン化を含むデジタライゼーションの後押しとなり、授業の質の見える化に繋がっている側面もあります。
オンライン授業の実施により、リアルの友達でなくレジュメやレポートにしか向き合えなくなり、授業コンテンツの単調さ、つまらなさ等に気付いた学生も多いことでしょう。ポストコロナ時代においては、対面授業以外の授業方法もどんどん効果的に取り入れていき、貪欲に「面白い」授業が追求されるべきなのです。
次回は、授業の質向上に資するデジタル技術の活用の在り方、そして「学生の本分」である授業以外での活動の変化についても触れられればと思います!🖐️
ポストコロナ時代における学びの形①~「学生の本分」を突き付けられた大学生達~
さて、いよいよ出てしまいました緊急事態宣言。
規制改革が進み、個の力で必要な情報を集めどんどん世界を変えていけるこの時代に、国の統一見解を待ち望む国民の姿勢というのは珍しいかもしれません。ただ、色々と解明されていないことも多い新型コロナウイルス、得体の知れないものを怖がるというのは人間の本能でもあります。春の宣言時と比べてどれだけ本当にウイルスを恐れている人がいるのかというのはよく分かりませんが、一度広まってしまったウイルスへの恐怖はそう簡単に完全払拭できるものではないでしょう。(私自身は、「人間はウイルスと共存するものなの」という母の教えもあり、また小さい頃からあまり風邪をひかない性分なので、今回も必要以上の恐怖は抱かず自分なりに健康な生活を送るための行動はしています)
まあ、今回の緊急事態宣言はウイルスへの恐怖というよりは医療崩壊の危機感が直接的には引き金になった側面もあると思いますが。
そんな中、政府の決定や他人の行動にやきもきする時間こそ勿体ないので、発動してしまった制限下でやれることの効果を最大限に高めることを考えるしかありません。
今回の緊急事態宣言では、一定の感染症対策を講じるという前提の下、一斉休校はせず入試も予定どおり行うことが発表されていますが、前回の宣言時はどの学校現場も前代未聞の事態に混乱したことと思います。それでも、子どもの重症化リスクは比較的少ないということもあり小~高校は次第に分散登校等の工夫をしながら学校再開が積極的に図られていきました。
一方で、大学生はスマホやPC等を学生個人が保有し、遠隔授業を受けられる環境が整っているケースが多いこと、また高校生以下の生徒・児童らと違って、学校施設の利用を再開した場合の授業外目的の行動制限が困難なこと(よってクラスターを発生させる虞が高いこと)等から、キャンパスに通って対面授業を受ける機会が中々得られないまま半年以上を過ごした学生も沢山いたと思います。自分達の大学生時代を振り返れば、課外活動もままならず、特に1年生は可哀そうな思いをしたことだろうと思います。
現在は大学でも可能な限り対面授業を行うよう国が呼びかけており、遠隔授業を行う場合でも学生の納得を得ながら、授業の質が低下しないよう工夫することが求められていますが、今回のコロナ禍での対応の中で遠隔授業実施へ大きく舵を切った大学での学びの形はこれからも完全に元に戻ることはないのではないかと思うのです。
元々ミネルバ大学等、物理的な「キャンパス」がなくとも主体的な学びを得ることが可能な新しい大学の形が注目されてきていた流れの中、「どの大学を卒業したか」より「何を学び、どのようなスキルを身に着けたか」が重視されるジョブ型雇用の傾向とも相まって、日本の大学生が謳歌してきた「人生の夏休み」としてのキャンパスライフの社会的価値がどんどん低まっていくのは必至とも言えることでした。その流れがコロナによって加速され、元に戻れないところまで大学での学びの形は変容を求められました。
これまでも大学生の建前上の本分は「学業」であったものの、本音は部活・サークル活動、アルバイト、旅行など「学業以外」にこそ大学生としての悦びがあったというのはある程度企業人にも認められたhidden truthでした。それが、コロナ禍で大学生の醍醐味ともいえる活動が制限されたことで建前上の本分「学業」にしか向き合うことを許されなくなったも同然なのです。このこと自体を以て今の大学生が可哀そうだとは思いませんが、「主体的に学問を追求する」ということを徹底されてこなかった日本の大学における授業方法の改善が追い付かないまま時代の転換期を迎えてしまい、課外活動も含め混乱にさらされたことは純粋に気の毒に思います。(歴史上、どの変革の時期においても混乱は不可避ではありますが)
そうは言っても、義務教育段階とは違って授業内外問わず自主的に活動し、学ぶ姿勢が前提とされる大学教育における課題は多く、ただ気の毒がってもいられないのが現実です。本来の本分に引き戻された大学生達が今後、自らの可能性を生かして活躍する素養を身に着けるべく大学という場をどのように生かしていくべきなのか?そのために大学はどのように変わっていくべきなのか?一定の答えが出る自信は全くありませんが、さらに思考を巡らせていきたいと思います。
初っ端から長めの投稿となってしまいましたが、お付き合いいただいた方、ありがとうございましたm(__)m
初めまして、ブログ開設にあたって所信表明🙌
コロナに飲み込まれた2020年、オリパラがなくなり数々の青春が奪われた一方でテクノロジーの可能性に改めて気付けた年でもありましたが、個人的にも激動であった一年の締めくくりの日に、来年に繋がる一歩として、ブログを開設することを決意しました。
(よく考えてみれば、自分にとっての全力で一生懸命生きている限りは毎年が目まぐるしくて激動の年と言えるかもしれませんが)
TwitterやFacebook含め、SNSを通じて頻繁に発信するタイプでもありませんし、個人的な想いをブログというものを通じて発信するのは初めてで(大学時代にサークル活動の一環で書いたことは何度かあったものの)若干ドキドキです。が、自分にとっての記録&諸活動のモチベーション向上のためにも綴っていけたらと思います。
自分はいま社会人としては3年目ですが、キャリアチェンジのための転職をしたので2回目の新人を経験しています。趣味はハワイの伝統舞踊フラと歌うこと(ディズニー楽曲多めですがあいみょんやももクロも好きです)で、ストレス発散・気持ちの浄化にこれらは欠かせません♪♪
このブログでは、自分の現在の仕事にも関連していて、ライフワークとしたい分野でもある教育関連、そして上記趣味に関連することを発信していきたいなと思います🖋
実は今週、2回もディズニーランドに行って、大好きな美女と野獣の新アトラクション抽選にトライするも見事に外れ、ツイてない年の瀬だな~と悲しくなっていたところでした😢(下調べもして挑んだ2回目の抽選に外れた時は、自力でどうにもできない悔しさとディズニー愛の報われなさに涙が出て我ながらびっくり笑)が、気持ちを切り替えて明るい年越しを迎えたいと思います😊
来年2021年は、ニューノーマル時代をより良くするための努力や発見がまた世界中で生まれていくことになると思いますが、自分としても色んな人や本との出会いを通じて、新しい発見をしたり思考を深めたりしていきたいなと。
辛いこと悲しいことがあっても前向きに、笑顔を忘れない1年をまた過ごせますように🎍
ということで、今後ともよろしくお願いします!